マルコムX【評価:70点】

マルコムX

あらすじ・概要

マルコムXが亡くなる2年前から緊密に連絡を取り合った上で執筆されたアレックス・ヘイリーとマルコムX共著の『マルコムX自伝』をベースにしている。アレックス・ヘイリーはこの映画の製作に関わり、誰よりも完成を心待ちにしていたが完成目前に急逝している。

脚色したのは、ジェームズ・ボールドウィンらであり、映画製作が難航している間に彼の名義でシナリオが書籍化されたこともある。その後もこのシナリオはさまざまなライターの手を渡り、その中にはデヴィッド・マメットもいた。本作の映画化にあたり、初期のシナリオを使うことになったが、ボールドウィンの遺族の要望で、彼の名は伏せられた。

書籍化されたボールドウィンのシナリオは、アイダホ州立大学助教授のブライアン・ノーマンによって、「クローゼット・スクリーンプレイ」(クローゼット・ドラマのような映画脚本)と呼ばれた。 

デンゼル・ワシントンはこの映画で第65回アカデミー主演男優賞にノミネートされた(受賞は『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』のアル・パチーノ)。

マルコムXは、『ドゥ・ザ・ライト・シング』など、スパイク・リーの監督作品にしばしば登場する。
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この映画は攻撃的かつ活発な黒人解放運動家のマルコムXの一生を3つに区切って構成されている。第一のセクションは、トラブルまみれであったマルコム・アール・リトル(後のマルコムX)の幼少期であり、映画の中でマルコムXの牧師であった父が攻撃的な黒人差別主義者によって暴行・殺害に至る。

その後マルコムXがニューヨークのハーレムで白人のように縮れ毛を薬品でまっすぐに伸ばし、白人のような服装に身を包んでハーレムの黒人ギャングのボス的な存在であったウェスト・インディアン・アーチの下で悪事を覚え、その後ボストンに戻り泥棒家業に精を出すようになるまでを描いている。ボストンでマルコムXは親友ショーティ(演じるのは監督スパイク・リー)を作り、二人で若い白人女を抱き、空き巣稼業に精を出したが、逮捕され獄中を送る。マルコムXは裁判で空き巣と強盗の罪より懲役10年の実刑を宣告されたが、映画では原作通り空き巣と強盗ではなく白人女性と性的関係を持った事で裁かれた、と描かれている。
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タイトル マルコムX
製作 1992年
原題 MALCOLM X
製作国 アメリカ
上映時間 202分
ジャンル ドラマ
監督 スパイク・リー

脚本 アーノルド・パール
スパイク・リー
出演者 デンゼル・ワシントン
アンジェラ・バセット
受賞 ベルリン国際映画祭1993年43回:銀熊賞 最優秀男優賞

評価

70点

レビュー

僕は白人と差別が嫌いだ

グローリー/明日への行進
キング牧師の長編映画公開ということで同じく黒人解放運動に大きく貢献したマルコムXについてレビューしてみたいと思います。
簡単に二人の違いについて説明しておくと
キング牧師は非暴力・非服従
マルコムXは武力抵抗・強行派。

最初に言っておくと僕は武力抵抗や攻撃的な姿勢だけでは物事は解決しないと考えています。

Twitterの炎上に関しても同じことが言える。未成年が飲酒や万引きを自慢するツイートをする事から始まりそれを拡散するだけでは飽き足らず本人の住所、名前、学校名まで調べ上げ晒され拡散される。

拡散する人の「これは間違っている」と思う意識はおそらく間違っていない。
ただそこに攻撃的な意識が混じった時点でそこに圧力が生まれる。そこに相手の人格は存在しない。

マルコムX。彼の想いもまたおそらく正しい。ただしそこに攻撃的なベクトルが混じることにより同じく差別を嫌う差別主義者が生まれてしまうのだ。彼だけではない。理性と直感の対立は否が応でも起こる。

親にDVを受けた子供は親を嫌悪しながら自分の子供にDVを繰り返す。

白人と差別が嫌いという矛盾に自ら気づかないとその連鎖は止まらない。

晩年はキング牧師のように暴力や攻撃的な思想では何も解決しないことに気づいていく。

ここは彼の本質が攻撃でなく素直に正しいモノを追求するという意志から生み出されるものだ。

死の危険を感じながらも尚、自分の正しいと信じる意志を貫き通す彼の生き様が見れる作品です。

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